White note 寄稿文(青森県立中央病院脳神経外科)

後に続く県病NEUROSURGEONたちへ
-いつでも明るく朗らかに-

1999年1月1日~2014年3月31日 西嶌美知春

 2013年7月17日に満65歳となり、2014年3月31日には定年を迎えます。高久晃先生、吉本高志先生のご高配により、1999年1月1日に50歳で落下傘降下し、15年3か月を県病で過ごしたことになります。この間、実生会(梅澤邦彦をはじめに34名)及び創志会(富山大学同門会、美野善紀をはじめに9名)、研修医(20数名)など多くの青年医師たちが私を助けてくれました。お蔭様で、本州最北の地:北のまほろば青森で、脳神経外科医として幸せな時を過ごすことができました。夢の中での年月でした。あらためて皆様に深く感謝申し上げます。若者達と携わった手術総数は7490件で観血的手術6326件、血管内手術1164件です。うち脳動脈瘤clipping1434件、脳腫瘍手術811件です。全て頭に焼き付いています。掲載された論文数は218編で、原著114編、症例報告92編、著書(共著)12編です。私自身も外科医として成長させて頂ましたが、若者達が成長してゆく姿を見るのは大きな喜びでした。

さて、私が県病に赴任して、まず初めに感じたことは、青森県病脳神経外科という活動場所は、とんでもない大舞台であるということです。そして決心したことは、この大舞台を背景に、

① 県病脳神経外科を全国区にすること。世界に冠たる施設にすること
② 若者が“県病の誰々です”と胸を張れる施設を創ること
③ 預かった若者を一人前の医師、脳神経外科医に育てることでした。

未だ道半ばですが、佐々木達也を中心に、大輪の花を開かせてくれることでしょう。

この度、40年間の脳神経外科生活から一旦身を引くに当たり、後に続く県病NEUROSURGEONたちへ、感謝を込めて、激励の言葉を贈りたいと考えます。

1)脳神経外科医は医師の中のスター中のスターである。
2)何処で働こうとも、誇りを持ち、胸を張って歩く。
3)教養を深め、人格を磨き、技術を高め、患者と共に生きる。
4)春に咲く花、夏に咲く花、秋に咲く花、冬に咲く花、人それぞれに咲く季節は異なる。焦らない。
5)いつでも明るく朗らかに。
6)愛ひと筋に。
7)家族を大切に。

県病脳神経外科はさらに発展させなければなりません。その爲には、皆が力を合わせることが必要です。縁あって県病で巡り合った医師一人一人が、患者さん一人一人を大切にすることです。臨床家、外科医としての研鑽を一生懸命に磨くことが大切です。
県病脳神経外科への愛惜は尽きません。脳神経外科医としての後半生を県病で過ごせたことに感謝し青森を去ります。また会おう。 

2014年1月27日(月) 青森にて 
青森県立中央病院脳神経外科 西嶌美知春

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第29回白馬脳神経外科セミナーを終えて ―熱い応援をありがとうございました―

青森県立中央病院
副院長、脳神経センター長
西嶌美知春

『第29回白馬脳神経外科セミナー』(主題:樹氷の山で熱き思いを)を2013年 (平成25年) 2月28日 (木) ~3月2日 (土) の3日間、冬の青森県八甲田山麓にて開催させていただきました。東北大学脳神経外科同門会(実生会)、富山大学脳神経外科同門会(創志塾)ほか、多くの先輩、後輩、仲間達から熱い応援を賜り、セミナーは無事終了いたしました。また、青森県立中央病院脳神経外科部長:佐々木達也先生、副部長:昆博之先生、斉藤敦志先生、後期及び前期研修医:針生新也先生、井上瑞穂先生に支えられて、会長職を全うすることができました。皆様には心から感謝申し上げます。   セミナー開催期間中の2月半ばから3月初めにかけて、青森は大寒波の襲来、記録的豪雪にみまわれました。八甲田山酸ヶ湯温泉の積雪は気象台始まって以来の5m70cmを記録しました。その模様が連日テレビ放映され、「酸ヶ湯」の名前は一躍全国区になりました。しかし、セミナー本番中は奇跡的な晴れ間に恵まれました。参加された皆さまには、厳寒の八甲田山で素晴らしい快晴と猛吹雪(風雪流れ旅)の両者を堪能していただきました。 1985年故杉田虔一郎先生、高久晃先生、角家暁先生が信州栂池で始められた本セミナーは今回で29回目を迎えることになりました。八甲田山麓での開催は、1993年田中輝彦先生(第9回)、2002年堀智勝先生(第18回)に続き3回目です。 会場の八甲田ホテルは、十和田八幡平国立公園内の北部、酸ヶ湯温泉近隣に位置し、青森が誇る高級リゾートホテルです。そこで、まず、事務局長の佐々木達也先生に価格交渉をして貰うことから準備に入りました。以前から親しかった清水支配人は「先生のお気持ちは良く分かりました。ホテルは丸ごと先生に預けます。全国からお集まりいただく皆様に、私たちも出血大サービスでお迎えします」と全面的な協力を約束してくれました。以後、佐々木達也先生は超多忙な日常診療の中、1年かけて準備に奔走してくれました。 このセミナーの特徴は『通常の学会と異なり、仲間が集いざっくばらんに何でも本音で言い合う』ことにあります。出身大学、学閥、年齢を乗り越えた厳しくも楽しい修練の場であります。今年も、参加者総勢150名の脳神経外科とスキーをこよなく愛する仲間達が熱い思いを語り明かしました。多くの脳神経外科エクスパートの先生方が質問やコメントに立ち、若者達を叱咤激励しました。彼らは必死になって、火の粉を払ったり、居直ったり勉強をしていました。学術セミナーは勿論、wine他酒をかたむけながら行われました。 本セミナーの構成、進行を、初日はスキー→学術会議→welcome party→学術会議(endless)、2日目はスキー大会(ナスターレース、山岳スキー)→ホタテ貝焼き、酒祭り→学術会議→farewell party→2次会(endless)としました。 ナスターレースでは工藤昌巳氏(全日本スキー連盟の大御所)が無料でコース設定して下さり、富山大学の永井正一先生が前走を務めてくれました。レースには約30名の参加があり、男女別、年齢別での戦いとしました。記録写真をみると、どの人も子供に戻って楽しんでいる様子が分かります。残念ながら、山岳スキーツアーは強風のため中止になりました。しかし、午後からはゴンドラの運航が開始され、3km、5kmのツアーを多くの人々が楽しみました。 最後に、中心になってこのセミナーを作り上げてくれた佐々木達也先生、スキー関連と学術会議両方の準備、実行をしてくれた昆博之先生、斉藤敦志先生、当日の受付業務、ゼッケン配り、カメラ係、観光案内人、ホタテ会焼き作りなど一生懸命に働いてくれた針生新也先生、井上瑞穂先生たち青森県立中央病院脳神経外科のスタッフ、留守番診療を3日間ぶっ通しで務めてくれた西村真実先生(実生会、総合南東北病院)、高沢弘樹先生(創志塾、厚生連高岡病院)にあらためて感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

雪と「つらら」に埋まるホテル城ヶ倉。 セミナー開催前後、青森には大寒波の襲来があり、記録的豪雪にみまわれました。八甲田山酸ヶ湯の積雪は気象台始まって以来の5m70cmを記録しました。

雪と「つらら」に埋まるホテル城ヶ倉。
セミナー開催前後、青森には大寒波の襲来があり、記録的豪雪にみまわれました。八甲田山酸ヶ湯の積雪は気象台始まって以来の5m70cmを記録しました。

冬の八甲田山晴天の眺望。セミナー初日の2月28日(木)、3月1日(金)は奇跡的に晴れました。

冬の八甲田山晴天の眺望。セミナー初日の2月28日(木)、3月1日(金)は奇跡的に晴れました。

セミナー当日の朝、八甲田ホテル玄関。佐々木達也先生の寒そうな顔。「西嶌先生、漸くここまできましたね―! 天気はもちますかね―? 」、「大丈夫だろう! 心配するな!」

セミナー当日の朝、八甲田ホテル玄関。佐々木達也先生の寒そうな顔。「西嶌先生、漸くここまできましたね―! 天気はもちますかね―? 」、「大丈夫だろう! 心配するな!」

ホタテ貝焼きコーナー。3月1日、ナスターレース終了後、八甲田ホテル玄関前で行いました。大盛況でした。田酒6本とホタテ400枚が、速やかに無くなりました。一人で10枚食べた人もいました。

ホタテ貝焼きコーナー。3月1日、ナスターレース終了後、八甲田ホテル玄関前で行いました。大盛況でした。田酒6本とホタテ400枚が、速やかに無くなりました。一人で10枚食べた人もいました。

レースには47名の参加があり、完走者30名、途中棄権1名、レース参加を諦めた人16名でした。男女別、年齢別での戦いとしました。記録写真をみると、どの人も緊張し、そして子供に帰って楽しんでいる様子が分かります。

レースには47名の参加があり、完走者30名、途中棄権1名、レース参加を諦めた人16名でした。男女別、年齢別での戦いとしました。記録写真をみると、どの人も緊張し、そして子供に帰って楽しんでいる様子が分かります。

 

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瑞穂の初期研修体験記

私は神奈川県出身で都内の大学を卒業後、青森県立中央病院で2年間初期研修を行いました。何で青森に来たの?とよく聞かれましたが、もともと地方の基幹病院で脳外科の手術件数が多いところで研修したいと思っており、インターネットで当科のホームページを見たのがきっかけです。実際に青森に来てみて、アクティビティーの高さと雰囲気の良さに魅かれて、ここで研修することを決めました。自分と同じように脳外科志望で初期研修先を探している方々がこれを読んで県病に見学に来て下さると嬉しいです。

県病の初期研修は自由選択の期間が長いのが特徴で、私は1年目の4~7月、2年目の4~6月、9~3月の計14ヶ月を脳外科で研修させて頂きました。初期研修は色々な科を短期間ごとにローテーションするため、お客さん状態で終わってしまうことも多いと思います。県病脳外科の良いところは、初期研修医でも医局の一員のように扱ってくれたことです。医局内に私の机も用意して頂き、多くの時間を脳外科の先生方と過ごすことで、日常的に脳外科的な話題に触れることが出来ましたし、患者さんの治療方針に関しても指導医と十分なコミュニケーションを取ることが出来ました。

病棟業務は医師2‐3名で患者さん20名程度を担当するチーム制であり、チームの担当患者さん全員の診療や手術に携わりました。初期研修医の立場では自分一人で患者さんを担当することは出来ないと思いますが、チーム制によって多くの患者さんの診療に主体的に携わり、多くのことを学ぶことが出来ました。

14ヶ月も同じ科にいると任せて頂ける仕事が少しずつ増えてくるので、研修が進むにつれ、どんどん楽しくなってきました。最初は指導医に言われた仕事をこなすだけでしたが、後半になると救急の当番も任せて頂くようになり、指導医に相談しながらですが自分が主治医として初期対応から退院までを担当するようになりました。手術も慢性硬膜下血腫から始まり、脳室ドレナージ、VPシャント、頭蓋形成、開閉頭など、少しずつやらせて頂けることが増えてきました。

学会発表の機会が多いのも県病脳外科の特徴です。2年間で国内の学会の他、国際学会にも参加する機会に恵まれました。シンシナティの学会ではポスター発表、ソウルの学会ではoralで発表させて頂き、貴重な経験になりました。

また、「よく遊びよく学べ」が脳外科のモット―となっており、夏はキャンプ、冬はスキー旅行が医局恒例行事となっています。土日も休むときはしっかり休みを取れる体制になっており、青森の自然を満喫しながら楽しい時間を過ごすことができました。

県病脳外科での初期研修は本当に楽しく充実していました。将来脳外科を希望していて、市中病院で脳外科に重点を置いた初期研修をしたいと思っている方には、自信を持ってお薦めできる研修先です。是非一度青森に見学に来てみて下さい。
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脳外科医局で先生方と 八甲田スキー旅行 ソウルの学会で発表
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VPシャントの手術中 ねぶたではねている 自由の女神に向かう船上

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